私と葉隠 平成13年1月1日(月曜日)

「君、葉隠についてどう思うんや?」あれは昭和58年のことです。松下政経塾の入塾試験で松下幸之助さんから質問された問いが葉隠でした。私にとってまさにこの問いが政経塾への門を開いてくれたと言っても過言ではありません。

 小学校2年生の時に「戦争で幾人もの人が亡くなる。」絵を見ました。死など考えたことのない私は大きな衝撃を受けました。「いつかは死ぬのに何故こんな平気な顔をして生きていられるのか?」「毎秒毎に死に近付く現実から逃れる手立てはないのだろうか?」どの大人に聞いても答えはありません。真っ黒な死の現実は、小さな「自我」を押し潰すのに十分な重さでした。いくら答えを求めても見つからない絶望。夕方になると一層不安が高まります。真っ赤な夕日が西の空に沈むのをいたたまれない気持ちで何度も見送りました。

 そんな不安定な少年時代に出会ったのが葉隠です。論語や聖書など答えを求めて本を読み漁っていた時でした。生き生きとしたリズム。簡素で凝縮された言葉。煌くような輝き。誰にも免れることの出来ない死。これを直視することで生み出される「生の喜び」。一瞬の生の煌き。「今を生きる」美しさ。葉隠の全ての言葉が「死の不安」に打ちのめされかけていた自我を救いに導くものでした。

 白が黒によってその「白であること」を鮮明にするように「生」が「死」によってその煌めきを増す。「葉隠」はまさに「生の哲学」そのものです。「今」「現在」の生を懸命に生きることによって創られる「美しさ」。「生の美学」とよんでもいいかもしれません。

 楠の青葉に思いを滾らせ

 有明の海に手を合わせ

 天山降ろし眉を上げる

 この故郷佐賀で葉隠に出会えたことを心から感謝したい気持ちでいっぱいです。長きにわたり葉隠研究会を支えてこられた皆様お一人お一人に深甚なる謝辞を申し上げます。

 桜花爛漫。葉隠研究会の益々のご発展と皆様のご活躍を心からお祈りいたします。