![]()
|
|
|
| 2000年11月1日 原口一博国会通信(2) DIGITAL SYOKASONJYUKU 朱鎔基総理との率直な会談を終えて 1997年北京を訪れ,江沢民国家主席を始め多くの要人に会う機会を得ました。 あれから3年、今回は松下政経塾出身議員でつくる未来政治研究会の若い仲間とともに朱鎔基首相との会談や中国外交学会のメンバーと討論する機会を持ちました。2000年9月10日から14日までの短い訪問でしたが、実に多くのことを学んだ5日間でした。 朱鎔基首相は、それから1ヵ月後に日本を訪問し、中国の首脳として初めて日本の民放で日本国民との対話を行うなど、その人となりが詳しく伝えられたのでご存知の方も多いと思います。「汚職と全く無縁な潔癖な人」「なんでも自分でやらないと気がすまない」「メリハリの利いた政治家」「辛らつな人」いろんな朱鎔基評を耳にしていたが実際に議論を交わした朱鎔基首相はウィットに富んだ「本物の政治家」でした。 外交辞令のみで訪問する政治家を嫌い率直な議論を好む朱鎔基首相は、日本の政治家には滅多に会わないということでした。12日午前に持たれた中南海での私どもとの会談予定時間は、特別に40分ということでした。しかし実際はその倍近くの時間、白熱した議論を展開することとなりました。 20年近い雌伏の時を耐え抜いた朱鎔基総理。その現地現場を大切にする姿勢に好感を覚えると同時に、ともに政経塾で学んだ仲間の歯に衣着せぬ議論に感動を覚えました。 中国海洋調査船、海軍艦艇の問題について「冷戦期のソ連も行わなかったような中国の軍艦の活動に日本国民は不愉快な思いをしており再発防止を求めるべきだ。」と質しました。 これに対し朱鎔基総理は「本件詳細について中国指導者は十分承知していなかった。」と述べ「国際法に合致した活動であり全く敵意は無いものであるが、日本側国民がそれほど反感を抱くのであれば今後こうしたことはやらないようにすべきだ。」と応じました。 さらに総理はA級戦犯を祀った靖国神社への閣僚参拝も「自分が間違っていないと認識している事実が相手の強い反発を招く行為」にあたり、このような行為を両国国民の友誼友好のために少なくし避けていく双方の努力が必要だと説きました。 過去の不幸な歴史の問題についても総理は「飛行機の投下した爆弾が自分をめがけて飛んでくるような」自身の戦争体験を切々と述べたうえで、それでも「戦争の責任は両国人民が負うべきものではない。」と話しました。 この言葉で「戦争をしらない私たち」もどれほど救われたような気がしたかわかりません。(帰国予定の日に「朱鎔基総理が訪日し、日本の国民に話しかけることになると思うが意見があれば聞かせてほしい」との問いがありました。「ぜひ両国人民に云々」という一説を述べてほしいと伝えました。その言葉通り一ヵ月後、朱鎔基総理は、同じ言葉で日本国民に語りかけることになります。) 歴史の事実に真正面から向き合い、不幸な歴史の反省に立ちながら、これを乗り越えて友好関係を築くことの大切さをこれほど認識したことはありません。 その後中国の政治体制=共産党一党独裁(中国には共産党の他8つの政党があると総理は反論)、李登輝訪日問題、中国の投資環境、WTO加盟問題、知的所有権保護問題など突っ込んだ議論を行いました。 中南海での会見が終わりに差し掛かった頃、「今日は率直な議論ができて良かったが、政経塾出身国会議員は21人おられると聞いている。」「今回12名の国会議員が訪中されたが残りの9名は台湾を訪問しているのか?」(笑い)と朱鎔基総理。これに対し逢沢団長から「帰国後調査する。」(笑い)旨が述べられ「議論をさらに深め、友好を確かなものとするために1年後、21人全員を招きたい。」旨が総理からありました。 他の皆さんとの会見の場面でも朝鮮半島問題、中台問題、ODA問題など実に多くの議論を交わすことができ、今は要職についている同じ政経塾で学んだ韓志強君とも久々に旧交を温めTMDその他の問題について意見を交わしました。 中には口角泡を飛ばし机をたたいて決裂しそうなほどの場面もありました。「北朝鮮が日本へ向けて発射したものを何だと思うか?」という問いにも「それはそれとして」という答えしか返ってこないこともありました。 カート・M・キャンベル前国防省次官補代理は、「日米安全保障のパートナーシップを活性化する」という論文の中で「いざ深刻な話をしようとしたとしても、あたかも長年連れ添った老夫婦のように、互いに何も言うべきことが無い。」ようになった日米のパートナーシップの危機を指摘しています。日米間の政治的パートナーシップが「この十年ほとんど官僚たちの自動操縦に陥っていた。」とさえ言っています。 この原因はいくつもあげられますが、第一の原因は日米同盟の重要性が云々されてきたにもかかわらず、両政府の最高レベルの政治家たちが「自らの言葉で信頼を紡ぐ」努力を怠ってきたことが一番の原因なのではないでしょうか? 世代を超えて、党派を超えて志のもとに集まった仲間たち。若い政治家たちが率直に意見を交換し「自らの言葉で信頼を紡ぐ」努力を積み重ねています。このことで平和と友好の礎を築くことができたらすばらしいと思います。 アジアには冷戦後もいくつもの不安定要因が存在します。 @ 冷戦的思考 A 日本の帝国主義に対する感情的反発 B 朝鮮半島問題 C 中台問題 私たちに課された使命の大きさを再確認した訪中でした。 ■ DIGITAL松下村塾〜原口一博国会通信 メールマガジン登録 |
|
|
|