2001年2月13日
原口一博国会通信(10)                         DIGITAL SYOKASONJYUKU

 光抱く子どもたちに 

 国会通信の読者の方から教育についての私の考えについて話して欲しいという要望が多く寄せられましたので今回は少し触れてみたいと思います。

 この15年間、私は子育て世代の皆さんと「100cmの視点―教育フォーラム」と称して膝をつき合わせた話し合いを重ねてきました。認知心理学や発達心理学という自分の専門を活かして年30回から50回くらいのフォーラムを重ねてきました。

 100cmの視点」は、小学校一年生の目の高さです。この100cmの視点に立って子どもたちをとりまく風景を眺めたときにこれまで気づかなかったことが目に入ってきます。子どもたちの姿を隠してしまっていた生垣。シロツメクサの青色の輝き。とてつもなく大きなおとなの力。フォーラムの中で聞く声は、子育てに迷う親たちの生の声だったり魂を震わすような出会いでした。

 第151回国会は、教育改革国会という人がいます。「どのような子どもたちを誰がどのようにして育てるか?」各国の選挙公約のトップに教育政策が位置付けられているのもその重要性はもちろんですが教育に対する有権者の関心の高さを反映したものだと思います。

 国会でも教育改革の方向性をめぐって様様な議論が交わされます。諮問会議の答申も出されました。教育部門会議の議論も活発です。参議院選挙公約の柱に学校改革を盛り込みました。

 ただ率直に言えば、国会で行われるどの議論も立派なものですが何故かストンと胸の中に落ちてきません。何か本質を置き忘れているのではないか?もっと大切な視点があったのではないか?拡散しがちな教育をめぐる議論の中で「のどに引っかかったようなもの」だけが大きくなります。

 「光抱く子どもたち」に伝えたいことを記してみよう。大上段の教育改革の議論ではなく自分が伝えたいものを記すことで方向を見出すことができるかもしれない。「のどにひっかかったようなもの」が何かわかるかもしれない。「100cmの視点」で見えていたものがもっとはっきりわかるかもしれない。私のホームページで「光抱く子どもたちに」と題して連載してみようと思います。

 子ども

 批判ばかりされた 子どもは
 非難することを おぼえる

 殴られて大きくなった 子どもは
 力に頼ることを おぼえる

 笑いものにされた 子どもは
 ものを言わずにいることを おぼえる

 皮肉にさらされた 子どもは
 鈍い良心の もちぬしとなる

 しかし、激励をうけた 子どもは
 自信を おぼえる

 寛容にであった 子どもは
 忍耐を おぼえる

 賞賛を受けた 子どもは
 評価することを おぼえる

 フェアプレーを経験した 子どもは
 公正を おぼえる

 友情を知る 子どもは
 親切を おぼえる

 安心を経験した 子どもは
 信頼を おぼえる

 可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
 世界中の愛情を 感じとることを おぼえる

(川上邦夫訳「あなた自身の社会ースウェーデンの中学校教科書」1997年新評論より)



 DIGITAL松下村塾〜原口一博国会通信 メールマガジン登録
電子メールアドレス(半角):