2001年4月16日
原口一博国会通信(20) DIGITAL SYOKASONJYUKU
地域から日本を変える
日本で一番若い県都の市長、木下敏之佐賀市長が誕生してちょうど任期の折り返しにきました。木下さんに出馬の決断をお願いして700日、市民を中心とした草の根の力が古い政治を打ち破る原動力となりました。この勝利は、「市民の力」を信じて対話型の集会を重ねた結果ではないかと私は、考えています。
中村時広松山市長と木下市長は私の親友であり同年です。二人とも高い市民の支持を背景に精力的に改革を進めています。二人の挑戦は、地方主権を考える上で大きな示唆を与えてくれます。木下市政の特徴は、@財政再建・行政改革の明確な理念と実行、A徹底した情報公開と説明責任、B環境優先の政策順位付け、C市民公益の実践に象徴的に表れています。この通信ではこのような市民派首長と地方主権を目指す政党との関係について少し問題提起しておきたいと思います。
私達は推薦した責任を負いつつも、地方主権の大義のもと市政を後方から支えるという立場を取りました。旧来型の政治は、自らの権力ピラミッドの下部組織として地方自治体を組み込むことに何の反省もありません。(2000年総選挙では佐賀2区、3区では首長が全て与党候補の後援会長となっていました。)私達はこのような中央集権的構造を明確に否定した上で新たなパートナーシップを模索できないか試行錯誤を続けています。
(1)市政は、全ての市民のものであり不偏不党の理想を追求する。
(衆議院選挙の時、木下さんにはあえて私の集会にも姿をみせないでほしいとお願
いしました。)
(2)政策協定は市民に公開とし政党、その他の団体に対する市長の履行責任はその契約
の範囲に限定する。
(3)対話と理解の民主主義の原則に立ち、独断や独善を排除する。
“市民が主役”の政治を実現するために上記のような合意が必要だと考えていま
す。
無党派知事も続々誕生しています。旧来の組織の論理や枠組みが意味を失いつつある今日、市民は、直接自らの眼鏡にかなう首長を強烈に求めています。既存政党を、市民と首長の“直接的なつながり”(自由な投票行動や市民が中心の政策実現)を妨げる障害物としてとらえる傾向が増しています。既存政党の方も自らの権力基盤の一部として地方を支配しようという“目論見”を看破されて後退を続けている状態です。
宮城知事選挙が典型例だと私は考えています。浅野知事を生み出した母体は市民が中心でした。当初、新進党が推薦し知事誕生に少なからぬ貢献したことも事実です。その後2期目の改選時、浅野知事は、政党推薦を断ります。これは地方がより自立し、政党との関係もより整理され、自治の原則に立った賢明な判断だと思います。ところが、地方分権を唱えながらも権力ピラミッド構造に組み入れたい当時の新進執行部は、この知事の態度に激怒し対立候補を遮二無二擁立します。結果は浅野知事の圧勝でした。あの時、政党の側は、浅野知事の決断を歓迎し、後方から政策支援する選択肢があったのではないでしょうか?自らの原則を見失ったのは寧ろ政党の方だったと私は考えています。
千葉知事選挙でも議論を交わしました。「地方主権を唱える国政政党が首長選挙に向かう大義は何か?」「“市民が主役の民主党”こそが地方自治と国政政党の理念型を市民の目線で提示する必要があるのではないか?」という議論です。
アメリカは連邦国家です。民主・共和両党が知事選挙をめぐって熾烈な選挙戦を戦う明確な理由があります。欠員の出た上院議員の指名も州知事が行います。一方、日本では、最近の混迷ぶりを見ていると民意の成熟に政党の側が追いついていけなくなっているのではないかと危惧せざるをえません。
無党派層が突きつけている問題にどう答えを出せばよいのでしょうか?無党派の首長、それは必ずしも政策ネットワークを持たない首長を意味しません。地方から日本を変える為には、逆に時代を強力な先取りするネットワークを持つ必要があります。私も様々な改革派の市長との関係を通して一つの「理念型」を提示できないか模索していくつもりです。皆様のアドバイスをお待ちしています。
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