2001年9月8日
原口一博国会通信(47)                         DIGITAL SYOKASONJYUKU

            サンフランシスコ講和条約締結50周年
                     今後の日米関係を考える

 サンフランシスコ講和条約が、日本にもたらしたものは何だったのでしょうか?日米両国で議論の機運が少し盛り上がってきたようです。ここで。これからの日米関係への基本的な地歩を固める上でも少し考えてみたいと思います。

 今年は、サンフランシスコ講和条約締結50周年の年に当たります。この記念すべき年の3月、日米議員交流プログラムに参加する機会を得ました。ワシントンD.C.の友人達と意見交換は、率直なもので信頼の絆を深める大きな礎を作ることができたと思います。チャールス・モリソン、イースト・ウェスト・センター理事長等と日米関係について懇談を深め、アダム・ポーゼン氏やティモシー・ガイトナー氏らと世界経済問題を議論し、ラムズフェルド国防長官らと安全保障問題について意見を交わしました。退任されるフォーリー駐日大使、ホワイトハウスの高官、CSISなどのシンクタンク上席研究員、ワシントン・ポストなどの主要メディア・デスク、上下院のリーダー、NPONGOの代表、ロビースト、著名な経済アナリスト、先端企業の責任ある人々。発足したばかりのブッシュ新政権の政策責任者たちとも率直な意見交換を行いました。この報告は、国会通信(18)でも触れたとおりです。(会談内容は、相手のあることなので随分時間が経たないと公開できないのが残念です。)

 講和条約が、日本にもたらしたものは「国際主義」「人道主義」であり、戦後復興の基盤となる「安定」だったという有力な論もあります。「寛大な占領政策」しかも「米国一国による占領」が国土分割の危機を救い、「民主主義の基盤」(アメリカ型)を作ったということは、否定しがたい事実です。日本政府の米国追随型姿勢を厳しく批判している人でも「日米の同盟関係は、世界で最も重要な二国間関係の一つである。」ことまでをも否定する人には、なかなかお目にかかりません。経済摩擦と不況で内向きの議論がおこりもしますが、両国民の7割が互いの国に友好的な感情を持っています。イチロー選手など日本人大リーガーの活躍は、大衆レベルで同じ感動を日米国民が共有する空間を創りだしており、政治・経済だけでなく文化・スポーツレベルでの「融合」も活発です。

 たたし、近年の両国の政治指導者間での意思疎通は、これとはやや逆行しています。訪米時に何度も引用しましたが昨年出されたアーミテージ・レポートは、「世界で最も重要な二国間関係が瑣末なことに足をすくわれ、対話のない年老いた夫婦のようにいざと言う時に何も肝心な話をすることができない。」ようになっていることへの危機感にあふれています。(共同執筆者の一人、マイケル・グリーン氏とも議論をいたしました。)

 その一年前にフォーリン・アフェアーズに寄せられたブレジンスキー論文はさらに衝撃的なものでした。この論文には、「日本は、米国の実質的な保護国である。」としている刺激的なフレーズがあります。ブレジンスキー氏は、元カーター大統領補佐官で、当時のクリントン政権でも大きな発言力を持つ有力者です。沖縄の過重な駐留軍負担、さきの見えない不況。鬱屈した国民感情にさらに追い討ちをかるような発言でした。パートナーと思っていた相手から「実は君達は従属国だ。」と冷水を浴びせられた形です。ニーチェは、「この世で最も醜いものは、現実をありのまま見せてくれる悪魔だ。」と述べていますが、日米が長い間かけて築き上げてきた「虚構」をずばりと言い当てた論文は、「自らの置かれた醜く惨めな現実を突きつけた。」と言う人もいました。対米追随外交に批判の大合唱がおこり、思いやり予算(アメリカはホストネーション・サポート)の大幅減額が叫ばれました。政界の議論も親米対反米という不毛な二分論に落ち込んだかに見えます。

 日本よりも中国を重視したアジア政策を展開したクリントン政権から日本重視のブッシュ政権へ政権交代が行われましたが、緊密なパートナーシップとはお世辞にも言えない状態です。中東訪問でも経験豊かな政治家たちが「アメリカの意向」を敏感に気にかけていることが感じられましたが、同盟国としての固い信頼感よりも従属の息苦しさを感じます。

 民主党結党当時に菅代表が訪米(私も同行)しましたが、それ以来代表訪米はありません。「君の党の代表は、アイソレーショニストなのですか?」「米国よりも中国重視ですか?」と真顔で聞いてくる米国人さえもいます。

 アメリカの核の傘の中で失ってしまった「誇り」。半世紀のアメリカナイズドされた日本文化で喪失したもの。米国の52番目の州のようにふるまう政治の停滞。これらを反省し改善することと、日米関係を再構築することとは別けて議論する必要があります。「アメリカからの真の独立」は政治的虚構としての意義を認めますが、両国の緊密性、彼我の差を考えると現実的ではありません。寧ろ同じ敗戦国でも米国との距離観をしっかりと見定めながら独自の安全保障を再構築したドイツのような、したたかな戦略が必要だと私は考えます。

 アメリカは、民主主義国家であり、世論も政界のスタンスも様々です。大きくグローバリスト−アンチグローバリスト、デモクラッツ−リパブリカンなどに分かれますが、大体13くらいの多様な政治的スタンスがあると考えていいのではないでしょうか。米国の近い価値観を持つ人達の考え方は、日本人のスタンスの違う人よりもずっと政治的距離が近いことに驚くほどです。ここまで相互性が高まると、親米―反米などという腐った二分法は意味を持ちません。右か左か、保守か革新かという二分法も他国にディバイド・アンド・ルール(分割統治)されるには好都合かもしれませんが、安全保障や外交には、これほど弱い構造はありません。世界経済の大きな部分をしめ、経済や金融の相互依存も抜き差しならないくらいの巨大なマスを持ちます。危機的な経済状況を見ても、好むと好まざるとに関わらず日米は協調していく関係にあることが理解されるのではないでしょうか?

 腐った二分法を一刻も早く抜け出し、真の民主主義のパートナーを米国内に築き上げること。巨大な世界の警察を自負する国が、過度の力に頼り、おごることをいさめられてこそ、真のパートナーたりえると考えます。そのために具体的なプログラムを創り、信頼の絆を束ねていくリーダーが必要とされています。

 21年前、サンフランシシコの小さなライブハウスでジャズの巨匠アート・ブレーキーさんがかけてくれた言葉を思い出します。「君達は、はるばると日本から来てくれたんだね。僕は日本が大好きさ。君達日本の友人のために今夜は特別な夜にしよう。」そう言うと彼は深夜遅くまで「特別に」ドラムを叩いてくれました。



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