2001年3月20日
原口一博国会通信(74) DIGITAL SYOKASONJYUKU
自由主義経済の復活 − 緩やかに進行する恐慌と資本主義機能の損壊 −
ドイチェ証券の武者様を民主党財務金融部門会議に講師としてお招きして、米国経済、そして日本経済をどう見るかという下記のような議論をしました。
市場空前の利下げとフリーランチ
まず米国経済について言えば、昨年9月11日のテロのショックを払拭して、再び全速力で走り出しています。「米国民間部門における総資本流入量は、過去13年間で最大の落ち込みを示しておりますが、グリーンスパンFRB議長による1年間で5%という金利引下げは、空前の長短金利の差を生み、」株価の大穴を埋めた格好になっています。このことがエンロン・ショックも限定的にとどめ、放置しておくと危険な事態に陥りかねない事態を回避したのではないかと思います。
しかし、「満腹状態の米国経済がさらに満腹状態で走り続けていることは(企業のバランスシートが修復されたにもかかわらず、企業も家計もフルスピード。ブレーキがかからない状態)、他方から見れば必要な調整を先送りしたと」いう見方も成り立ちます。
「グリーンスパン議長の度重なる経済救済は、困った時は、FRBが助けてくれるという自由主義経済のフリーランチ(ただ乗り)をも作りだしました。リスクを取ることを忌避すれば資本の配分において自由主義経済が機能しなくなってしまいます。」というご指摘はとても重要な意味を示唆していると思います。
日本は資本主義機能が壊れつつある。
「一方、日本では、5年前につけた名目GDPのピーク以来、GDPそのものが縮小を続けており、4年間も信用が収縮した経済は世界ではじめてと言われるくらい“緩やかに進行する恐慌”の只中にあると考えていいと思います。循環的な景気回復要因はあってもそれは微力で、本格的な景気回復に結びつかないのではないかという危惧も払拭できません。」
「日本の全法人の27%しかない利益を上げている法人がなく、日本の法人部門の長期にわたる大幅な損失が続いています。企業部門が利益をほとんど上げることができずに、家計部門が貯蓄超過で労働分配率がほぼ100%という事態」は、例えてみれば“茹で蛙”状態にあると考えていいのではないかと思います。「資本主義経済が健全に機能していることを前提とした議論が成り立たない。」という講師のお話でした。
既得権益のリセットがされないままに、金融資産は木の葉の小判となり、企業がその活力を失いつつあります。家計の膨大な金融資産の8割が中間金融機関に委ねられ、最終投資先に帳簿上は財産がありますが、実態上は大幅に毀損しているのではないかと考えられます。初期投入量の資本を一年間、動かしてどれだけ利潤を得たかという資本主義の原理そのものが毀損してしまえば、経済が立ち枯れになってしまいます。
一方、これまでの政府は異常なまでの経済介入、しかも歪んだ再分配を行ってきました。大きな対外経常黒字と超低金利を背景として政府が際限のない財政拡大は、もう持続性そのものに大きな危惧を抱かれています。国債の格下げが目を蓋わんばかりの事態となっていることは周知の事実です。
これに対して「政府が莫大な投資で経済を下支えしてきた。」という反論もあります。しかし、企業が再投資できずに、縮小再生産にむかっています。政府が「投資」と言っているものの、回収の見込みのない「ガラクタ」に限られた資源とチャンスを捨ててきたのではないか?失われた時の代償は大きすぎるのではないか?という危惧を捨てきれません。
日本に資本主義を復活させる革命が必要
自己責任・市場の原理遵守・現状否定をうたった内閣も、国民の富が著しく損なわれることに有効な手を何一つ打てずにたち竦んでいるように見えます。「透明で公正になることが至上命題であるにもかかわらず、裏で手を回して、自らのルールを破るということをしてしまいました。」「大幅な債務超過の大企業への支援策がその典型です。」日本経済のさらに著しい悪化がアメリカの深刻な経済後退と伴って起これば、世界経済そのものの基盤を揺るがすことになりかねません。
日本全体を覆う負の循環から抜け出すためには、公正なルールのもとリスクを取る自由主義経済の基本を取り戻すことが必要です。
「松方デフレにせよ、ドッジデフレにせよ、過去が財産権の剥奪という形でリセットされたことが前提です。」という指摘は、正鵠を射ていると思います。政治そのものをリセットして日本を自由の国として蘇らせる必要があります。
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