2003年6月16日
原口一博国会通信(102)                    DIGITAL SYOKASONJYUKU

         政権交代のある政治とマニュフェストの意義
                   国民との契約と責務

 現在、民主党は政策調査会が中心となり、次期総選挙に向けてのマニュフェストつくりを本格化させています。 飯尾潤先生や北川正恭前三重県知事を講師に勉強会を重ねてきました。私たちは、具体的政策パッケージとしてのマニュフェストの骨格を8月にも提示できる見込みです。

 先日のクエスチョンタイムで小泉総理は、「マニュフェスト、それは公約のことですね。」と答弁していますが、選挙公約とマニュフェストがどう違うかいえば、数値目標、実現期限・財源等の明示があるところが決定的に違います。「緑豊かな街づくりを」などという漠然としたウィッシュリストとは違い、明確な国民との契約の形を政策としてまとめたものと考えていただければと思います。

 ただし、政権与党が意図的に争点化を避ければマニュフェストの効果は半減します。与党は、この任期中の業績を問われ(過去の業績評価)、野党は政権を奪取した後の具体的政策(未来の政策)を問われなければなりません。政党政治の成熟した条件が必要で、選挙公約を官僚がつくるという風土ではマニュフェストによる政権選択の実が上がりません。「政策の大枠は政党が決める」「政権が変われば政策も変わる」「与党の政策立案に役人はかかわらない」というコンセンサスつくりが必須です。

 マニュフェストが政治の機能を再定義するために有用であるのは
 (1)政治の重要な機能が、ダイナミックな選択であることを明確にし
 (2)利害・関心の政党を中心とした集約機能が不可欠であることを明確にし
 (3)政策には資源的制約を始め実現可能性が重要であることを明確にするか
    らである。
 
と飯尾教授は述べておられます。

 マニュフェストを日本の国政に導入する視点は単に政権選択選挙への促進機能を増進させるだけではありません。政策の大枠が選択される選挙を通して「選挙による政策選択機能」が発揮されれば今日の「官僚内閣制」ともいうべき現状の打破や与党・内閣という二元政治体制の解消の可能です。

 有権者は政策本位に候補者を選ぶことがより可能になります。「政権の採点表」をつくり、契約を厳しくチェックすることも有権者も増えるでしょうし、その結果として「「夢見たいな嘘をいう人よりも正直な我々を」選ぶ人が多くなるかもしれません。

 マニュフェスト導入のためのインフラ整備も必要です。公職選挙法に言う文書図画の中にマニュフェストをいれるべきですし、報道機関は政党や政治家と関係なくアジェンダセッティングしている報道の意識改革についても議論を進めなければなりません。報道機関が恣意的に争点をつくったりするのでは「契約」が不鮮明となります。報道機関が「選挙は政権を争うもの」「マニュフェストを報道しなければ不公正」との意識に立って「有権者が業績を評価し約束を検討するための材料を提供する」役割を担っていただければありがたいと思います。政治的任命等を予め決めるなど政策関連人材プールも必須です。行政に政策情報が寡占されている状態を改めて行政から独立したシンクタンクを充実させる動きを加速させたいと考えます。

 「与党・内閣の不一致は何もしないことの見本のようなもの」「選挙によって苦い話、住民にとってつらい話はなく、ほとんどがウィシュリスト」「官僚が政治化し、政治家が官僚化している」「官僚に群がる政治家になっていないか猛省を求める」との声にどれだけ真摯に政治が向き合うかが問われています。

 「政治が信頼されないから行政が機能しないこと」「官僚が自分たちの都合のいいパターナリズムを作り上げ、庇護の対象となる団体との関係で政治が動いていること」「しかし、その庇護のピラミッドから出たら冷たい関係・排斥される関係となること」をはっきりと語るべきです。

 政党も「既得権益を守るだけの政党になっていないか」「公約や綱領が内向きで主権者を置き忘れたものになっていないか」の総括が必要です。

 「依らしむべし、知らしむべからず」という古い政治が今なお影響力を持ち続けています。この「依存と分配」の政治は、補助金と規制に代表される道具を使い支配を続けてきました。しかし、それは情報非公開の時代にできたルールのもとでだけ成り立つ「異形」の政治です。

 期限付き、工程表がついたマニュフェストを実行する政治は「約束したものを実行する政治 」「説明責任の政治」です。情報公開時代の政治の基礎的な要件と言い換えてもいいかもしれません。マニュフェストの双方向性は、主権者との共同作業(コラボレーション)によって成り立ちます。政治家や政党は、いかに民意を吸い上げ、主権者との共同作業を公正なルールのもとに進めていく凄まじい努力を要求されます。

 「官僚を主導する政治」「民が主役の民主主義」の時代は、公正なルールで民主政治が動いていくことに重点が置かれます。政治家は未来に対する強烈な意思や明確なビジョン・実現プロセスの現実性を問われます。

 「お任せ民主主義 要求型民主主義よ、さよなら」との北川正恭前知事の言葉が印象的でした。民主政治が衆愚政治に堕す危険を回避するためには、政治家に強い責任と倫理性が求められるのと同様に、主権者には民主政治を守り育む努力が求められます。

「はっきりと情報公開した後は主権者の皆さんの責任も問いますよということでもあります。」

 日本国憲法第12条には「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。」と記されています。この条文の理念どおり主権者の責任について問える政治をマニュフェストによって目指したいと考えます。


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