2003年9月7日
原口一博国会通信(106) DIGITAL SYOKASONJYUKU
子どもたちの心を覆うもの
長崎の12歳の少年による殺人事件は、事件の真相や発達の環境について情報が断片的に伝わってきます。確実なことを申し上げられる立場にありませんが、この事件の衝撃により多くの子どもたちが耐えがたい不安や心理的な傷を負っていることに早急な対応が求められていると思います。
1997年の神戸須磨の事件直後に衆議院文教委員会で私は心理学的見地から質疑を行いました。http://www.haraguti.com/index.html
残念でたまりませんが、質疑で取り上げた危惧は杞憂に終わりませんでした。その後、犯人が少年であったことがわかった時の社会の受けた衝撃は、社会を覆う闇と子どもたちをとりまく「未曾有の環境」についても議論を引き起こしました。
グローバル化し激化する競争の中で、社会の持つ安定機能や人間の自己同一性獲得のための発達過程に様々な問題が生じています。子どもの心の発達において危機的とも言える事態が起こっているといっても過言ではありません。
「学校に行って学ぶ喜びを知る前に、学ぶたいへんさを知る。」「友達との絆を結ぶ感動を知る前に、無視される怖さを知る。」「自分を導く自分をつくる原型となるべき保護者が子どもの目の前で互いをなじる。」「最も守られるべき小さい人たちが、恒常的な暴力や虐待にさらされている。」「まるで閉じたカプセルの中にいるように子育てにあたる人たちが孤立している。」「倒産や失業、保護者の離散によって明日から学校にも来ることができない子どもたちがいる。」長引く不況、荒れる社会、急速な子育て環境の悪化が最も影響を受けやすい子どもたちを直撃していると考えます。
「100人に1人が心の病を持ち、10人に1人が何らかの心の不安を持つ」と言われていたのは数年前です。不安は益々高まっています。最も敏感に反応する子どもたちの中には、「自己同一性の誤った確認手段」として他者へのいじめや虐待を行う者もいます。性的衝動との葛藤に対して「自らを導く自分を持たない自我」は、あまりにも無防備です。
電脳仮想空間の暴力表現の広がり・ゲーム脳の問題も深刻です。現実との乖離・バーチャルナ現実との一体化。境界性人格障害についても国会で問題提起しましたが、政治はまだ何も答えを出していません。
私が着目しているのは発達期において、ネグレクトや性的虐待などで他者との絆を結べない子どもたちです。凍りついた瞳(フローズン・アイ)は最も愛されていいはずの人たちから受けた虐待によって切り刻まれた心を映しているかのようです。
神戸の事件の時もそうでしたが、少年による重大犯罪が起こると少年法改正議論が巻き起こります。しかし少年法の対象年齢を引き下げ、より重罰化すれば、それですむ問題ではありません。寧ろ、「小さい人たち」が「自分たちが守られていない」と感じていることのほうがよほど問題です。恒常的な暴力にさらされている子どもたち。盛り場やゲームセンター、パチンコ屋などで長い時間を過ごす子どもたち。「シンデレラの子どもたち」となづけた子どもたちは、深夜にならないと保護者が迎えに来てくれない子どもたちです。
フランスの刑法222のAは、「女性、障害者、14歳未満の子どもたちに加えられる恒常的な暴力や虐待」を許さないとういものです。「弱い立場の人たちをより強く守る。」私たちは現在「強い日本」を目指して現在マニュフェストつくりをしていますが、私たちが目指す強い社会は「小さい人たち、弱い立場の人たちがより強く守られる社会」です。
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