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2003年9月8日 原口一博国会通信(108) DIGITAL SYOKASONJYUKU 心理学対談 − 精神科医和田秀樹さんとの対談 − 月間現代10月号に精神科医の和田秀樹さんとの心理学についての対談を掲載していただきました。政治、経済社会の閉塞感がどこからくるのか。政策決定の誤りをどう正していけばいいか。専門の心理学の立場から対談を行いました。社会における安心と自由の問題など対談を通して新たな問題提起ができたのではないかと思います。 期待効果、コンピテンツ(知的潜在力)、自己同一性、すり替え・騙しの心理学、精神分析など様々な心理学的地平から、現代を論じました。和田さんとは同じ世代という以上のつながりを感じました。視点や危機意識が共通しているからかもしれません。 私は東大心理学科大山研究室で認知心理学を学びました。人間はどのようにして外の世界を認識しているのか?どのようなメカニズムでそれを脳に伝えているのか?心理学の世界は、宇宙や海洋と同じように広大な探索のフロンティアです。 人間は機能的にも心理的にも様々な「制約」を持っています。例えば、数を数えることは、それを習得してしまえばそう難しい課題ではありませんが、一瞬のうちに提示されたドット(点)を数えるとなると途端に限界に突き当たります。実験をしてみると、人にもよりますが、7つをこえるドットを一瞬に認識することは難しいことがわかります。これは記憶実験でも同じことが言えます。数を覚えて復唱してくださいという実験をすると、7桁以上の数字は復唱の正解率が落ちます。ラッキー7ということばがありますが、7という数字は人間の認知にとってもマジカル・ナンバー(魔法の数字)と言われています。 国会やテレビ出演などで政策を発表する時も私たちは、この7という数字を意識しながら行っています。一言で表せないものも、どんなに長くなっても7を超えないようにしています。 また、「注意の範囲(スパン オブ アテンション)」という心理学概念も意識して使っています。どんなに内容の優れた演説でもそれが聞き手に伝わらなければ意味がありません。人間の注意力は、時間や繰り返し、強弱など様々な要因で高くなったり低くなったりします。一つの文節が長々としていては、それだけで伝わる内容が限られてしまいます。今ではワンフレーズ・ポリティクスと批判する人もいますが、小泉総理の演説は、一つのフレーズが5秒以内です。端的なフレーズとそこから生まれるリズムがわかりやすさと親しみやすさを作っています。予算委員会で私も小泉総理と議論する時は、レトリックだけでなく、総理の一つのフレーズよりも自身のそれを短く切るように工夫しました。 認知の限界は、何も見たり聞いたり感じたりという感覚のみにあるのではありません。長年にわたって習得されてきた記憶や慣習によって制約されるものも少なくありません。月間現代で問題的していますが、「国」に対する認識もそのさいものの一つです。江戸幕府時代から続くお上意識は、明治政府になっても官尊民卑の風土として引き継がれました。現代日本でも「裁判で国が勝訴したあるいは敗訴した」という言い方をしますが、他の民主主義国家では、あまり見られない表現です。国は国民全体のものであるから、裁判で国が負けたり勝ったりするはずがありません。ここでいう国とは、行政機関としての中央政府のことを指しています。「中央政府」という表現が使われるべきで、国という曖昧な表現をしているために「国=中央政府に歯向かうことは国民全体を敵にすることだ」という誤った「自己規制」につながっている可能性すらあります。 政権交代も同様です。二大政党で頻繁に政権が入れ替わる米英では、当たり前のことでも、長年にわたって一党支配が続いた我が国では、自民党内における首班の入れ替えを政権交代と呼ぶ人さえもいます。政党の政策が一貫しているとすれば、これは擬似政権交代とさえ呼べないものです。 初めて行く道は、遠く感じるけど、帰りの道はそうでもなかったという経験を私たちはします。これも認知のメカニズムが関係しています。これまで経験したことのない初めての事象に警戒や不安を伴うのはごく自然のことです。細川内閣から10年が経ち政権交代間近という論説も増えました。私たちは、お上意識や現状維持願望など様々な日本人の心を規定していたものをも解いていかなければなりません。 和田さんとの対談で様々なヒントをいただいたことを感謝したいと思います。
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