2004年3月8日
原口一博国会通信(123)                 DIGITAL SYOKASONJYUKU

  市民公益と民主党、市民政調の役割及び位置づけについて


 我が国において「公益」は、長い間、官に独占されてきました。もしくは官が独占的に公益を支配するものと信じられてきたと言ってもいいかもしれません。特異の利益分配システムと官による公益保持機能が結びついたことが、敗戦−冷戦時代の自由主義陣営の要請ともあいまって一党支配を可能にしてきたという分析も成り立ちます。しかし、一方で見逃せないのは、官尊民卑の政治風土において情報が独占されることは、支配が固定化されることをも意味していたことです。

 裁判などで「国が勝訴したとか敗訴した」という表現が使われますが、このような使い方をする国は先進国では稀です。民主主義国家における国とは国民主権の支配のもとにあるもので、国民が支配する「国」が国民に負けるだの勝つだのというのは、そのこと自体が定義矛盾です。中央政府もしくは政権と国とが混同して使われており、これも長年の公益に関する特殊な事情によるものと思われます。

 政官業癒着の疑獄事件は一党支配が常態化する中で度々繰り返されてきました。ただし、国民は、この「依存と分配」政治が公益を私物化していること、正義が汚されたことに大きな怒りを示すものの、政権を倒すまでの支持をカウンターパーティーに与えてはきませんでした。

 いわゆる自社55年体制において、表舞台で与野党は激しく対立しながらも、地下茎でつながっていたとするさえ者おります。公益を差配する「権限」を官に独占させることにおいても、体質についても大きな違いはなかったことを国民は既に見抜いていたのでしょうか。政党組織そのものも、中央集権的なピラミッド型をしており「自立」した多様な主権者との結びつきは圧力団体・支持団体の要請よりも後回しにされてきた感は否めません。

 民主党は、独占されてきた公益を「市民」に解放する使命を持ちます。多様な公益の担い手を積極的に創造、支持し、結びつけることを目指すべきだと私は考えています。公益の自由化こそ、民主党が中心課題にすえて取り組むべきテーマだからです。

 これまでも民主党市民政策議員懇談会は市民のための政策調査会(以下市民政調とする)と連携をとりながら、様々なNPONGOからヒアリングを行い、その要請を政策課題として取り上げ立法化を行ってきました。ゆるやかなネットワークを志向する多様な市民公益の担い手は、旧来型の政党組織との連携を嫌い、政党の一部門との直接リンクを避ける傾向にあります。公益の担い手と政党との関係は、多くの議論が必要ですが、市民公益の担い手が政党との距離感を模索しているのは事実です。硬直化した政党の政策立案プロセスとはっきりとした区別をつける上でも、市民政策の位置づけは重要です。多様な市民公益主体との結節点として市民政調の果たす役割は益々大きくなるものと思われます。

 民主党の地方組織においても、市民政調の役割は小さくありません。民主党の地方組織が脆弱な理由は、地方こそが、既存の依存と分配システムに強固に組み込まれていることに起因しています。旧来党と官が支配する中央集権システムが提供する公益(もしくは提供していると信じられている公益)に対して有効な選択肢を示さなければ、民主党に対する積極的支持拡大は望めません。民主党の地方組織は、いまだにその多くが硬直化した55年体制のどちらかの姿をしています。すなわち労働組合に過度に依存する旧社会党型か個人後援会頼みの自民党型の体制かです。この古い組織が未だに続いているようでは、多様な市民公益の担い手の積極的な支持は望めません。組織に対する問題意識と危機感がなければ民主党による政権交代は難しいと判断せざるを得ません。

 民主党の旗の下で得られる支持と市民政策のもとで獲得できる緩やかな支持を戦略的に考えることが必要です。組織形態そのもののイノベーションが求められていることを自覚すべきです。現代政党の組織形態そのものが問われているのです。市民政策にどう向き合うかは、民主党の政治家そのものが問われていると見てもいいでしょう。

        DIGITAL松下村塾〜原口一博国会通信 メールマガジン登録