2009年08月13日(木)
MRIC記事転載・医師を育てる気がありますか?

 
3日連続でのMRIC記事の転載です。
現役の医学生の論文です。とても本質をとらえている論文だと思います。

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        ▽ 医師を育てる気がありますか ▽
         ―臨床研修政策に関するマニフェスト比較―

  森田知宏(医師のキャリアパスを考える医学生の会、東京大学医学部4年)

         2009年8月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
                 http://medg.jp
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●次世代の医療問題「医学教育」

 現在の医療界は、医療費不足、医師不足に端を発する様々な医療問題が渦巻い
ています。その中で2008年8月は一つの転機です。1982年の閣議決定以来綿々と
続いてきた医学部定員削減を見直し、医学部定員を増加することが決まったから
です。医師不足解消へ向けて大きな一歩が踏み出されました。今後、医師不足解
消とともに重要になるのが医学教育、つまり「増やした医学生をどのようにして
いい医師に育てるのか」ということです。「医師のキャリアパスを考える医学生
の会」では、医学教育を受けている身として、「いい医師」になるためには、ど
のような教育体制が望ましいかを考えてきました。臨床研修制度の改定の際には、
賛同してくださる方2654筆の署名とともに厚生労働省に意見書を提出しました。
[1]

 今回、衆議院選挙を前に、自由民主党、民主党のマニフェストから、臨床研修
制度を通じた両党の地域医療体制の構想を考察しました。[2, 3]


●理想の臨床研修制度とは

 私の考える理想の臨床研修制度、それは「病院がその特色を生かし、各病院が
いい医師と考える医師を育てる」ことを可能とするものです。そのために、臨床
研修医の定員は病院が自らの教育環境を鑑みて設定し、臨床研修内容については
徹底した情報公開を行うことが重要だと考えます。

 一方、医学生は、各自で病院の行う臨床研修内容・環境について評価し、自分
の目指す医師像のために役立つ病院を選ぶことが重要です。医学生に「選択」さ
れた病院の行う研修内容はきっとすばらしいものでしょう。先日、厚生労働省が
行った臨床研修制度改定は、都道府県ごとの定員を「官僚」が算定するもので、
医師の教育という目的から外れたものとなっていました。


●臨床研修と医師偏在は別問題

 厚生労働省考案の都道府県ごとの定員設定は、現状の医師偏在問題を緩和する
ことが目的でした。しかし、それは現実にそぐわないものです。研修医を育てる
には当然ながら教育環境が存在する、つまり上級医となる専門医が存在すること
が必要です。医師不足地域において、教育環境が存在するのでしょうか。臨床研
修と医師偏在の問題は、切り離して考えるべきです。

 そもそも、医師偏在問題は、研修医にとどまらず医療界全体で考えるべきです。
医師不足が解消されるまでの十数年間、どんなに取り繕っても必ずどこかにホコ
ロビが生じます。そのホコロビを最小限にするためには、病院、大学、医師会、
自治体、住民など様々な立場が話し合い、医師がいかにして地域を循環できるか
を考えるべきではないでしょうか。医師偏在を解消するために、臨床研修制度の
目的たる「医師の教育」という観点を忘れてはならないと考えます。


●臨床研修政策のボリューム比較

 自由民主党の政策BANK中で、医療政策は第一章『安心な国民生活の構築』の、
二段落『医療基盤整備・医療体制の安心確保』、『高齢者医療制度等の見直し』
にわたって書いてあります。臨床研修制度については、『医療基盤整備・医療体
制の安心確保』の約1/3を占め、臨床研修制度に関する問題意識が大きいこと
がわかります。

 対する民主党は政策集INDEX2009とは別に、特に医療政策については民主党医
療政策<詳細版>としてHPにアップし、医療に対する意識はかなり高いと言えま
す。その中で、一段落を割いて『臨床研修の充実』について述べており、民主党
も臨床研修制度に着目した考察を行っています。それではいよいよ両党の臨床研
修政策の違いを見てまいります。


●我が目を疑った自民党の提言

 『医師偏在の解消へ向けた臨床研修医制度』を掲げ、『地域医療の砦たる大学
病院の医療体制を整備』し、『医学教育の充実、勤務環境の改善や救急医療体制
の整備等』を行うとあります。

 正直に言うと、目を疑いました。臨床研修制度が『医師偏在の解消へ向けた』
ものであると明確しているからです。臨床研修制度は「医師の教育」が目的であ
るはずです。また、医師としての最初の二年間を少し操作しただけで医師の偏在
は解消されません。

 自民党は、大学病院の医療体制を整備することを重視しています。しかし、臨
床研修制度が始まって以来、初期研修を大学病院以外の民間病院で行う研修医が
増え、2005年以降4年連続で半分以上の研修医が民間病院で臨床研修を行ってい
ます。その状況の中、大学病院を中心とした臨床研修を主張することは時代遅れ
と言わざるを得ません。民間病院も含めて、各臨床研修病院の自助努力をすすめ
るべく、民間病院と大学病院の連携の強化や情報公開を図るべきではないでしょ
うか。

 自民党の政策を読んで少しがっかりしました。結構スペースは割いているもの
の、臨床研修制度なんて興味ないのかなあと思いました。厚労省の考えと、うり
二つなのも両者の微妙な関係を伺わせます。


●民主党の提言は現実的

 『一貫性のある学部教育、前期・後期臨床研修を通じて質の高い専門医を養成
し、専門医が研修医の指導医となる臨床研修システムの構築』を目指すとしてい
ます。

 臨床研修制度において、医学教育の観点から論じており、理念は大変素晴らし
いものだと感じました。また、医師の教育について、指導医との関係まで具体的
に述べており、よく調べているという印象です。

 『政府は医学部卒業後の臨床研修制度を実働医師数の調整に利用してきました。
・・・それは大変な誤りです。』

 単なる政府批判ととれますが、これは先ほど自民党が『医師偏在の解消へ向け
た臨床研修医制度』を掲げていることとリンクします。政府は臨床研修制度を医
師の教育という観点で見ておらず、単なる医師不足問題解消の対策案の如くとら
えているように感じられます。

 驚いたのは、民主党が後期臨床研修にまで言及していたことです。

 『・・・臨床研修制度には、専門医制度の確立が不可欠であり、総合医も専門
医と位置づける必要があります』。

 後期臨床研修は現在制度化されていませんが、2008年に「医療における安心・
希望確保のための専門医・家庭医(医師後期臨床研修制度)のあり方に関する研
究班」が開かれたばかりです。昨年の医療界の動向についてよく観察しています。

 「医師の偏在問題」については以下のようにあります。

 後期臨床研修について『総合臨床医研修、へき地医療研修、参加・救急・小児
・外科医療研修などの分野を中心にインセンティブを付与することによって、偏
在を解消します。』

 民主党は医師偏在問題を、後期臨床研修、つまり専門診療科を選ぶ段階で、イ
ンセンティブによって流れをつくる、という考えを持っています。これには賛成
です。給与に限らず様々なインセンティブを考えて頂きたいと思います。

 舛添厚労相が以前医師偏在問題についてインタビューを受けた際、「人は規制
では動かない。使命感や報酬といったインセンティブがあってこそ、初めて動く」
と答えていましたが、民主党の政策はこれに通ずるものがあります。大臣が医療
について何か考えをもっていても、自民党の政策には反映されないのでしょうか。
非常にもったいなく感じます。[4]

 民主党の臨床研修政策について全体を読み、昨年行われた前期臨床研修、後期
臨床研修についての研究班の動きが把握されており、「よく見てくれているな」
と思いました。ただ、残念ながら研修医の定員について言及されていませんでし
た。未だ議論不足といったところでしょうか。また、『前期臨床研修の全国均て
ん化を図る』とありましたが、それを国が一括して中央で管理するのか、もっと
小さな単位(地域、病院など)に任せて、ある程度地域・病院ごとの特性を生か
せる体制にするのか、具体的な主体は書いてありません。しかし、少なくとも現
在の動きを具体的に把握しています。実情を生かした制度設計を望めそうだと考
えます。

 民主党の医療政策の中、他にいくつか目に留まったものがあります。地域医療
については、『医療機関の役割分担を考慮した連携の推進』、『短時間正規勤務
制の導入』などを挙げています。医療機関の連携は前述のとおり大変重要です。
短時間正規勤務制など、多様な雇用形態が生じることで、女性医師の現場復帰に
対するハードルも低くなるのではないでしょうか。また、『コメディカルスタッ
フの職能拡大と増員』にも着手するそうで、医療界が更なる一歩を踏み出せると
感じました。


●両党の比較

 自民党、民主党の臨床研修政策について比較を行うと、残念ながらどう見ても
民主党の方が上です。民主党は今回特に医療について力を注いでいるということ
もあったと思いますが、そもそも自民党の臨床研修政策に関しては実情を知らな
いこと丸出しです。臨床研修については勝負あった、というところでしょう。

 自民党も民主党も似たような主張を行っているという印象を持っていました。
しかし少なくとも、臨床研修政策については大きな認識の違いがあります。また、
覇権を争う大きな政党でも、ここまで差があるのかと愕然としました。


●衆議院議員(候補)の皆様へ

 私はこれからの政策決定の中、臨床研修制度を真剣に考えてくださる議員さん
が増えることを願い、現職の衆議院議員に質問状を送ることに致しました。質問
状内容はHPに掲載する予定です。政党の枠を超え、一人でも多くの議員さんが臨
床研修問題について真剣に考えるきっかけとなればと思います。[5]

【参照】
[1]募集定員の上限撤回求める署名を厚労省に提出-医学生の会 (CBnews)
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/21623.html
[2]自由民主党HP
http://www.jimin.jp/index.html
[3]民主党HP
http://www.dpj.or.jp/
[4] 医師の計画配置は「憲法違反」―舛添厚労相インタビュー(上) (CBnews)
http://www.cabrain.net/news/article.do?newsId=18799
[5]医師のキャリアパスを考える医学生の会
http://students.umin.jp/