2009年04月02日(木)
衆議院総務委員会理事懇談会・R25の挑戦・やしきたかじんのそこまで言って委員会ビデオ収録・政治改革本部役員会・水の遺跡に

 
2009年4月2日(木)曇りのち晴れ 日誌
【NHK経営委員長さんらと懇談】 
 NHKの小丸経営委員長らが事務所に訪れていただきました。公共放送としての、これからの役割についてお話させていただきました。

【衆議院総務委員会理事懇談会】
 郵政民営化の時に「民間企業から受け入れた人材を戻すことはない」という答弁をもらっていましたが、実際には前の企業の社宅に住んでいたり、「出向」扱いだということが国会質疑の中で指摘されたりと「利益相反・特定企業への利益誘導」という批判もあります。日本郵政に対して事実の確認を求めていましたが1 週間以上が経過しましたが、まだ整理中とのことでした。
 総務省が条件付で事業計画を承認しました。郵政民営化委員会の報告も国会で受けて審議をしなければなりません。明日、かんぽの宿等の入札をめぐる17箱の資料について総務省からの指摘が出る予定です。来週の火曜日に一般質疑をすることで合意しました。同じ日に私が、日本・EU議員会議でのリード・スピーカーとしての役が決まっています。審議と重ならないように日程調整しなければなりません。公共サービス基本法についても再度、強く要請をしました。

【R25の挑戦】
「オバマ大統領の草の根選挙に学ぶ」と題して様々な分野の方々をお招きして勉強会を進めています。今日は第11回。テーマは 「R25のつくり方」に学ぶ若者マーケティング戦略です。株式会社リクルート R25事業ゼネラルマネージャーの藤井大輔氏にお話をしていただきました。
 R25は首都圏を中心に毎週60万部が出されているフリーペーパーです。そのターゲットは、M1層といわれる30歳までの男性で全体の50%を超えています。30歳以上49歳までをM2、その上をM3というそうです。
読者ロイヤリティも95%と驚異的に高いフリーマガジンです。
 年に1回の新規事業開発コンテスト・NEW-RINGでR25は準グランプリに
なったことから開発が認められたものです。
 「ペーパー・ポータル」構想というコンセプトもとても斬新です。ポータルという言葉は入り口、港を意味するもので、ネットではポータル・サイトが有名ですね。紙媒体でのポータル・サイトという着想は、なかったコンセプトです。
  活字を普段読まない若者を大量に囲い込むために何をすればいいか。
100万部をどこで配ればいいのか。いらないものを配ればゴミになるだけ。置く場所も都会には簡単にはない。若い男の人に活字を読ませるというのは難しいというのに、なぜ、男かと藤井さんも最初は半信半疑だったようです。
 人がやらないほど困難なところは、、もしそれを克服できたら逆にチャンスになります。「空いているからビジネスになる」という考えは挑戦的です。

【たかじんのそこまで言って委員会ビデオ収録】
 放送の未来について、ネクスト総務担当としてコメントをしました。大阪から、わざわざ旧知の敏腕プロデューサーの方が来られてお話しました。取材を受けたのは私ですが、私のほうが学ぶところばかりでした。この日曜日に放映される予定です。

【民主党政治改革本部役員会】
 政治資金規正法、政治改革の方向性について議論しました。
議論の内容は現在のところ非開示となっています。

【解散?】
 いつ解散があってもおかしくない情勢に?

【広隆寺弥勒菩薩】
 広隆寺の弥勒菩薩は、私にとっても多くの救いを与えてくださいました。
あの時の感動は今でも心の奥深くに残っています。

 弥勒菩薩は、未来に下界に降って仏となり、衆生を救うとされる菩薩です。慈氏(じし)菩薩ともいいます。釈迦の滅後5億7600万年後に、釈迦の救いに漏れた人たちを救いに降りられます。
 太陽は、全ての人々に等しくその恵みを与えます。広隆寺の弥勒菩薩の微笑みは、無限の慈悲、そして赦しを象徴するかのようでした。

  京大受検を失敗しました。「理科を受け損なって1点差で落ちる」などという信じられないミスでした。大切な人たちとの「別れ」を受け入れることができず、京都に行くことさえ受けることができないで、中途半端な気持ちで受験した報いだと思います。それでもそんな僕だったからこそ、京都の歴史や文化が乾いた土に染みこむように吸収できたのかもしれません。京都の町は僕を暖かい土で包み、別れのつらさを癒すかすかな願いを授けてくれたような気がします。圧倒的な歴史の重みは、自らの存在の小ささを突きつけました。
 弥勒菩薩のあの微笑に大切な人たちの微笑みを思い、涙した日。それは少年の日との別れの日でした。何時間も立ち尽くして、何時間も涙をこぼしました。

【詩作 水の遺跡に】
 遠い過去の恋うたです。
石井樋は、僕たちが小学生の足でいける最も遠いところでした。
美しい風景。永遠の水の流れ。共に遊んだ友は、今ではどこにいるのかわかりません。




水の遺跡に
遊んだ日

遠い時間
遠い記憶

切ないほどの輝きが僕たちを
包む

水面に返る光が
君の薄絹の
頬を照らす

こんもりとした杜が
僕らの姿を隠し
鮠が銀色の腹を光らせている

揖斐を流れる水は
どこまでも清らかで

君の髪を撫でる風は
水の色を映している

僕たちは
恋のおそれさえ知らず

水と同じように
流れていく

膨らみかけた
君の胸のように

僕たちは
希望の意味さえも知らず

清らかな
水と同じように
流れていく


大地を焦がすような
強い光が
空気を白く染めて

草いきれの
むせるような
匂いさえ

僕たちを祝福している

遠く
友の
はしゃぐ声

僕は君だけを追い
君は僕だけを追う

夏の切ない夕暮れが
僕たちをおおい
美しい君の唇が
かすかに微笑んでも

僕たちは
恋の意味さえ知らず

水と同じように流れていく

夕立の来ることも
恐ろしい嵐さえ

僕たちは知らず

この時が続くと信じている 

僕は君だけをみつめ
君は僕だけをみつめる


切ないほどの輝きが僕たちを
包む


水面に返る光が
君の薄絹の頬を照らし
木々をわたる風が
君の髪を撫でていく

こんもりとした杜が
僕たちを守り
大きな木々さえも
命の喜びを歌う

堰を流れる水は
どこまでも清らかで

君の髪を撫でる風は
水の色を映している

僕たちは
恋のおそれさえ知らず

水と同じように
流れていく