2009年04月20日(月)
貪るものとの戦いと決別
2003年5月3日。私は日本・EU議員会議で演説を行いました。以下は、ベルギーのブラッセル欧州議会での演説の一部を改変したものです。

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 グローバル経済とは何なのか?アメリカを中心とした金融資本のグローバル化が何を生んでるのか?そしてそれは持続可能なのかという問題を議論するときに、ひとつの視点を皆さんと議論したいと思います。
 それは皆さんもご存知のドイツのミハエル・エンデさんという童話作家の方が「エンデの遺言」という形で問われた問題でもあります。
現代のインターネットの世界では瞬時に無限大の情報が行き交います。マネーの世界でもそうです。実体経済の数十倍のマネーの流通して、今もなお増殖を続けています。
 巨大な金融資本は貪欲で、単なる記号の増殖というだけではなく、人々の生きる糧さえも奪ってしまっています。特に自然と第三世界の人々は、日々、搾取し続けられ、生存を脅かされ続けています。
 エンデさんが言っている様に、資本・お金というのをもう一度定義しなおす必要があるのではないか。実体経済と10倍以内であればお金は許されるのか。 20倍では貧富や紛争を引き起こしてしまうのか、負の遺産になってしまうのか。このことを真剣に議論してお金を定義しなおさないと、貧富の格差は広がり続け、紛争は拡大し続けます。

 紙の上だけの利益を追い続けている人たちは、やがて知ることになるでしょう。紙の上での利益が、実際の価値と交換するにはあまりにも巨大になりすぎていることを。そして本当の価値と交換しようとしても何の意味ももたなくなってしまっていることを。

 現在の金融資本主義のバブルはいつか崩壊します。そうなれば世界の底が割れたような金融不安や経済危機が訪れるに違いありません。理不尽なことに、この危機は何も富を貪った人たちにだけに訪れるのではありません。より貧しく、より搾取され続けた人々に苛烈な痛みをもたらすでしょう。 世界は貧困と格差にのた打ち回り、人々の怨嗟を背景に再びファシズムの脅威・世界大戦の脅威さえ現出するかもしれません。

 そうならないうちに私たちは金融のグローバル化の意味をもう一度問い直さなければなりません。車にもブレーキがあるのに、増殖する金融資本主義にはブレーキはおろかハンドルもありません。

 私たち人類がこれからも地球に存在し続けるかどうか。私たちに残された時間は短く、課題は深刻です。しかし、貪ることをやめ、全ての人々が生きる権利を保障されるシステムを再構築することができるならば、世界は争いを捨て去ることもできます。
 私たちは剣を打ち直して鋤とし
 槍を打ち直して釜とすることができます。
そのための連帯と改革を共有しようではありませんか。


  旧約聖書 ミカ書4章3節

主は多くの民の争いを裁き
はるか遠くまでも、強い国を戒められる
彼らは剣を打ち直して鋤とし
槍を打ち直して釜とする
国は国に向って剣を上げず
もはや戦うことを学ばない。