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第54回 「佐賀の偉人  青年海外協力隊の租  末次一郎先生」


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佐賀県福富町の生まれで佐賀商業・陸軍中野学校へと進まれた故末次一郎先生に学ぶ会が東京で開催されました。10年前の7月11日、先生がご逝去されてからも多くの弟子たちがその志を引き継いできました。「学ぶ会」では中曽根元総理に次いで私が先生のお話をさせていただきました。

沖縄返還運動・北方領土返還運動の先頭に立ち、佐賀発の青年団運動・青少年健全育成運動にもご尽力された末次一郎先生。青年海外協力隊の創始者のお一人としてもあまりにも有名です。

先生は、あの大戦で散華された同志への思いを常に忘れられることなく歴代総理のご意見番もされながらも終に官職につかれることは一度もありませんでした。活動の資金を私事に使うことはできないとご自宅さえ持たれませんでした。

学ぶ会では、世界各国からも先生のご縁の深い方々が集まりました。
旧ソ連のプリマコフ外相がお子様を不慮の事故で亡くされた時に般若心教を送られた慰められたことは、今でも日ロの人々に語り継がれています。

私が先生に初めてお会いしたのは23歳の時でした。ひっきりなしに訪れる各界のリーダー。その中には元首級の人も少なくありませんでした。20代の若者も先生の教えを請おうと列をなしていました。

先生は、年齢や地位に関係なしに全力を注いで「育てる」ことをなさってました。葉隠の教えのとおりけして人前で叱ることはされませんでしたが、一対一になると魂が震えるようなお叱りをくださいました。世界の最新情勢を踏まえてお話になる先生の姿を見ていると「自分は何をしているのか?」と大きな天の導きのようなものに誘われるのを感じました。

志の高い篤農家でつくる佐賀甚八会なども先生を囲む会でした。土に生きる誇りと勇気を共有する佐賀農業の指導者のなかには、先生の弟子たちも少なくありません。

先生が亡くなった時に私達、弟子の国会議員で集まってご偉業を分担して引き継ぐ誓いを立てました。私は、先生の教育の部分を引き継ぐとその時に言いました。今、日本全国で未来の学校がスタートしていますが、この原点も末次先生の教えにありました。

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写真上/7月10日、末次一郎先生に学ぶ会(没後10周年)にて。
写真下/末次一郎先生。

2011年10月号掲載


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