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第77回 「妻直子と感謝の言葉」2013年8月4日

2013年09月13日 世界の中の佐賀

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私はこの原稿を病院で書いています。私事で恐縮ですが、最愛の妻が病気で倒れて、天に送る間の時間を付き添っています。出産と盲腸以外に入院したことのない妻が突然倒れたのは先月でした。奇跡を信じてきましたが、もう現代の医学では自立呼吸を回復することも、意識を戻すこともできません。最愛の人が最期の時を迎える日が近いことを宣告されて、その間のわずかな時間が今です。

えがたいほどの苦痛と絶望の時間と言えるのかもしれません。ただ見方を変えれば、わずかに残されたかけがえのない時間でもあります。非情な運命は最愛の人を私たちから奪っていきますが、私たちがともに過ごした愛と感謝の時間までをも消し去ることはできません。

妻は「今日が、一番、幸せです。ありがとう。」と口癖のように言っていました。私は、この言葉を聞いた時に「一日一日、老いるのに。そして死に近づくのに、今日が一番幸せなどどうして言えるのだろう。」と不思議な思いで聞いていました。

しかしよくよく考えてみると、全く視点が違うのです。妻のこの言葉は、生かされている、生かしていただいている感謝から出た言葉だったような気がします。「無事に今日も過ごすことができた。いろいろなことはあったけど、愛する人たちとともに時間を過ごせた。」そのことに関する感謝の言葉だったのだと思います。

一番下の子どもは14歳。中学三年生です。妻が倒れた時に「私は、たった14年しかお母さんといないんだよ。もっともっと一緒にいたいよ。」と泣きすがりました。でもこの間のわずかな時間で子ども達も変わりました。成長しているのです。「お母さんが頑張って、たとえ、わずかな日数だけど一緒にこの世にいてくれるおかげで、私に乗り越える力を持ちなさい、って言っているような気持になっています。」とまで言うようになりました。

誰も死から逃れることはできません。別れも同じです。これは人智の及ばないところです。変えられないことを受け入れる勇気。覚悟が要ります。同時に変えられることを変える勇気。これは人の力の及ぶところです。病室で新渡戸稲造博士の武士道を読み返しています。生の中にある死を知るところから、人は愛と感謝を知るのかもしれません。

この人が話していた愛の言葉をこれからも使えるように努めたいと思います。

「今日が、一番、幸せです。本当にありがとうございます。」

妻、直子は、昭栄中学から佐賀西高校に進みました。私が、県議、国会議員と務めさせていただく間も皆様にとても可愛がられ、支えていただきました。

「本当に、ありがとうございます。」妻は、もうこの言葉を佐賀の皆さんに伝えることはできません。
しかし最期に必ず、こう言っているだろうと思います。

「今まで、どんなにお世話になったかわかりません。感謝でいっぱいです。本当にありがとうございました。」と。

《悲しいお知らせ》

毎月投稿を頂いている原口代議士の奥様が8月5日にお亡くなりになりました。
原稿は病院(4日)で書かれたことを読んで知りました。
「佐賀県民のために書いて下さい」とお願いをし、読者のためにと「世界から見た佐賀」を連載して頂いています。
今号で77回目です。今回の内容は、世界から見た佐賀ではありません。
これまで原口代議士と家族を支えてこられた奥様のことです。
読者及び編集部一同、こころよりご冥福をお祈りいたします。

 

2013年9月号掲載


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