原口一博公式 | 立憲民主党 衆議院(佐賀1区)

第4回 「砂糖の文化」


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佐賀は砂糖の文化を誇る町でもあります。
砂糖は、16世紀、朱印船による交易によって輸入さていました。朱印船が廃止された後も砂糖は、唐船、オランダ船の輸入品として引きつがれました。わが国で砂糖がつくられるようになったのは18世紀の後半です。現代に入るまで、輸入品である砂糖を口にすることができるのは、ほんの一部の人たちだけでありました。江戸時代、佐賀鍋島藩は、出島の管理を任せられており、私たちの佐賀は、希少な砂糖を使うことのできる数少ない立場にありました。
江崎グリコや森永製菓など日本を代表するお菓子メーカーの創業者も佐賀のご出身です。古くからの砂糖の文化を育んできた佐賀ならではのことだと思います。小京都としても知られる小城は、小城羊羹でも有名です。伝統を大切に守り継いでいる老舗を訪れると、脈々と受け継がれている砂糖の文化のすばらしさを感じます。
桜の花が散り、つつじが小城公園でも満開の花を競っています。これから5月、6月と日本一ともいわれる蛍の乱舞が見られます。清水のせせらぎの音を聞きながら佐賀の砂糖の文化を探訪するのも楽しいと思います。
長崎街道は、海外から伝わる技術や文化を日本全国へ運ぶ道でした。貴重な砂糖や珍しいお菓子を運ぶ「砂糖街道」ともいうべき道でもあります。佐賀には13の宿場町があり、そのところどころに名物のお菓子が生まれています。「逸口香(いっこっこう)」は江戸中期に中国から伝わったといわれています。「丸ぼうろ」は、ポルトガルから伝えられたそうです。
佐賀の菓子の甘さには、素朴で人を包み込むような温かさがあります。
美しい佐賀の焼き物に砂糖の文化の伝統の結晶をのせてお茶をもてなす―至福の時を創り出す佐賀の文化は、おもてなしの文化でもあります。世界から得た知識を自らの中で消化してさらに高いものを創り出しいく。素晴らしい文化だと思います。砂糖の文化を育んできた佐賀の先達に心から感謝を捧げたいと思います。

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写真上/金立いこいの森にて、「花みずき茶会」でのスナップ。
写真下/佐賀城本丸歴史館にて、大名行列の式典に参加した際の様子。

2007年8月号掲載


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